太古の昔、アトレイアは一つであった。アイオンも一つであった。 魔族も天族もなく、人間だけが存在していた。 すべての人間は永遠の塔であるアイオンを守り従いながら、龍族と戦っていた。 しかし、すべての人間が同じ姿と同じ目標を持っていたのは数千年も昔のことだ。もう、再びそのような時代は帰ってこない。
私たちが地を踏むところは昔の半分の土地だ。大崩壊以後、私たちはこの暗くて不毛なところに投げこまれ、残された選択は寒くて暗い不毛の土地に適応することしかなかった。 自らの姿を変えてまでしてかろうじて生き残った私たちを待っていたのは、さらなる他の試練と脅威だった。
包容と容赦が平和をもたらさないということを、もう私たちは知っている。 その昔に私たちが包容ではなく決死の抗戦を選んでいたら、アトレイアが真っ二つに分かれることはなかっただろう。 もう二度と、同じ失敗をしてはならない。 半分となった生きるための基盤でも、守ろうとするなら最後まで戦わなければならない。
私の名はキルヒネ。 大崩壊以前から戦ってきたディーヴァだ。龍族との戦いを、大崩壊を、天族との戦争の始まりを、この目でしかと見てきた私は、私たち魔族がしなければならないことが何なのか、私たちが進む方向はどこなのかを知っている。大崩壊の災いをもたらした天族を許してはいけない。魔界と天界が共存できないことがわかった今、彼らは今までのことに対して責任を負わなければならない。
今日のディーヴァたちは過去の悲劇を知らない。オードが枯渇して崩壊をむかえるという警告も、表面的にしかわかっていない。魔族がどれほど大きな危機に面しているかを認識しようとするなら、過去の事件から教訓を得なければならない。そして、真の魔族のディーヴァとして生きていくということがどんなものなのかを学ばなければならない。
宇宙の初めの頃、アトレイアは楽園だった。空間はアイオンの光で充たされていて、今のような闇と寒さはなかった。広い平野と広大な草原があり、穀物と家畜に富んでいた。当時の人間には自然はただ喜ばしく、生存を脅かす恐ろしい存在ではなかった。
しかし、人間に何もおそれるものがなかったわけではない。今でも私たちを脅かす龍族が人間を支配していた。精神的には対等だったかもしれないが、肉体的には著しく劣っていた人間は龍族の支配から抜け出せなかったのだ。
龍族に圧迫されてはいたものの、人間は自らの文化を発展させ、共同体をつくり上げた。アイオンに対する信頼がすべての生活と文化の土台になった。アイオンに捧げた賛美は詩と歌になったし、アイオンのために建てた神殿は一般的な建築物にも影響を及ぼした。このような平和が永遠に続きそうだったが、それは龍族が黒い野心を表わすまでのしばらくの間だけだった。
宇宙の初めの頃のアトレイアに住んでいた龍族はドラカンだった。彼らが他の種族を支配できたのは、肉体的に最も優れていたからだ。荒っぽいライカンとクラルも彼らにあえて逆らうことはしなかった。人間はできるだけ龍族を避け、彼らの目が届かない所に安全な落ち着ける場所をつくろうと努めた。
ドラカンは絶えず力と権力を渇望した。 より広い土地を手に入れられることを願ったし、より多い人間と亜人種を足元にひざまずかせたがった。 そして、何より、もっと優れた能力を望んだ。今よりもっと強い肉体と卓越した魔法の能力を持とうと絶えず努力した。
限りない努力と渇望の結果、覚醒の瞬間を迎えたドラカンたちがいた。 彼らは以前に比べてさらに優れた知的能力を持っただけでなく、肉体的にも変化した。 巨大な体格とウイングが生えた姿へと新生したのだ。覚醒したドラカンは自分たちをドラゴンと称した。そして、彼らの中でも優れた能力を持つドラゴンが現れ、徐々に龍族の支配者になっていった。 龍族の支配者になった五匹のドラゴンは自らを「龍帝」と称した。
龍帝の力と能力は以前とは比較にもならない水準だった。彼らの支配下で龍族はより一層大きな力を得て、人間と亜人種は徐々に彼らの暴政に苦しめられるようになった。 だが、アトレイア全体を手に入れても力と権力に対する龍帝の渇望は消えなかった。 そして、ついに彼らは自分たちに絶え間なくより大きい権力、より大きい能力を追求させる原因が何なのかを悟った。それは、アイオンが彼らより上にあったからだった。
愚かにも龍帝らは自分たちがアイオンを追い越すことができると信じた。そして、アトレイアからアイオンを追い出して自分たちが神になろうとした。
龍帝が現れた時、ライカンやクラルのような亜人種はすでに龍族に屈従する状態であった。 さらに彼らは、龍帝がアイオンに反旗を翻した時も何の抵抗もせず龍族の命令に従った。ただ人間だけがアイオンに反旗を翻した龍族に抵抗した。
アイオンは自らに従う人間を保護して龍帝を征討するために、十二柱神を人間のもとに遣わせた。 そして、自らを保護するために結界を張った。 結界は純粋なオードの力で形成されているため、オードに反する龍族は結界の中に入れなかった。 そして、十二柱神は多くの人間を結界内に逃避させ、龍族に対抗できるように人間たちに体系的な訓練をし始めた。
十二柱神の訓練を受け、人間も龍族のように覚醒し始めた。背中にウイングが生え、オードの力を扱うこともできるようになった。当時はわからなかったのだが、老いることない永遠の生命も与えられた。 覚醒した人間たちはディーヴァと呼ばれ、ディーヴァに覚醒するのは十二柱神の祝福だと考えられた。 多くの人間たちがディーヴァに覚醒したし、私もまた彼らの中の一人であった。
ディーヴァが現れた後から戦争の様相は変わった。人間は一方的にドラカンに虐殺されていたが、ディーヴァたちは彼らと対等に戦うことができた。 私もまた、ルミエル神から授かったスペルブックを持ち、オードの力を使ってアイス チェーンで縛りながらブレイズ アローを飛ばしてドラカンと戦った。
ディーヴァとドラカンの力に大差はなかったし、十二柱神と五龍帝の能力も似通っていたから、人間と龍族は一進一退を繰り返しながら戦争を続けた。私の息子が死んで、孫が死んで、ひ孫が死んで、想像しかねるほどの多くの子孫たちが生まれては死んでいった長い歳月の間、私はディーヴァとして戦い続けた。アイオンを破壊しようとする龍族とアイオンを守ろうとする人間の長い戦争は、千年もの間続いた。
戦争を終わらせようとする動きは思いがけないところで始まった。龍帝を最も憎しみ敵対的だったイズラフェル神が、龍帝と和平を結ぼうという意見を出してきたのだ。イズラフェルは戦争を始めた理由が何であったか、つまり、龍族を滅亡させることではなくアイオンを守ることが目的であったということを思い出せと言った。
イズラフェル神の主張は他の神たちの間で大きな物議をかもしだした。ディーヴァと人間たちは神々の意見の衝突に混乱しながらも、彼らも賛成派と反対派に分かれて議論したがその決着はつかなかった。 私は龍族との和平は絶対に有り得ないことだと考えていた。アイオンを壊そうとした種族とどうすれば平和を論じることができるというのか。
どんなことがあっても和平提案は防ぐべきだと思ったがどうすれば良いかもわからない私は、熱心に教えを受けたルミエル神を訪ねた。 神の居に入る前、老いた声が聞こえてきた。 アスフェル神の声であった。
「いったいイズラフェルは何を考えているのか? いくら戦争が長引いたといえども龍族と和平をしようとするとは! アイオンの神聖さを否定する異端の輩と協定を結んだら、去る千年の間の人間とディーヴァの犠牲はいったい何のためだったというのだ!」
アスフェル神の声を聞いて、愚かにも私は安心した。 神々もそのように反対するのに和平が成立するはずがないと考えた。だが、イズラフェル神は他の神の意見を全く聞くこともなくシエル神を説得することのみに全力を注いだ。結局、アイオンを守る本来の目的を考えろという言葉にシエル神は説得された。塔の守護者である二柱神が和平に賛成してしまえば、他の神たちはどうしようもなかった。
私だけでなくレギオンの仲間たちも、どうしても龍族との和平を受け入れなかった。私たちレギオン全員はアイオン塔へ走って向かい、ウイングを展開してシエル神とイズラフェル神に嘆願した。しかし、すでに決定されたことを覆すことはできなかった。
来てはならない和平の日が訪れた。シエル神とイズラフェル神は、事前に五龍帝と合意した通り、アイオンの周囲の結界を解除した。五龍帝はすべての武器を外して来た。約束の場所に入る五龍帝を見た瞬間、私は必死で涙をこらえた。これは和平でなく屈辱だという思いで自分の恥辱感を拭い切れなかった。ぷるぷると震える仲間の肩が目に入った。私たちレギオン軍団兵たちは、怒りを堪えながら、そこに立ちつくしていた。
十二柱神と五龍帝が向かい合っていた。 事前協議に沿った形式的な話が交わされ、和平の儀式が進行していた。その時だ。突然、龍帝の中の一人が倒れるや否や混乱が始まった。 叫び声と悲鳴が飛び交う中で、龍帝の首長のフレギオンが空中に浮かび上がるのが見えた。次の瞬間、目が見えなくなるほどの強力な光が放たれた。
それからは轟音と混乱、悲鳴の渦であった。 地面がひどく揺れて割れるかのように感じられ、塔の周囲にあった全てのものがどこかに流されていった。その中でアイオン塔が真っ二つになるのが見えた。目の前の光景を到底信じることができなかった。崩れ去るアイオンの彫刻を呆然と眺めている時、荒々しいオードの気流に巻き込まれた。徐々に気を失っていく私の目に最後に映ったのは、大きなウイングを広げたシエル神とイズラフェル神が再び結界を張る姿だった。
気がついた時、私と仲間たちは今で言うアルトガルドにいた。ショックと混乱が徐々に落ち着くと、私たちは状況を把握しようとした。 だが、私たちが明らかにした事実は信じたくない、到底信じることができないことだった。
結界がまた張られたため、龍帝たちはオードに耐えきれず結界の外に逃げた。 だが、アイオンと共にアトレイアが破壊された。そして、大崩壊の場にいた数多くのディーヴァたちとシエル神、イズラフェル神が消滅した。 アビスを発見した後で知るようになった事実だが、二神は半分に分かれたアトレイアが破壊されないように最後の力を振り絞った。そして、その場にいたディーヴァと他の神をアトレイアの南と北に移動させて力尽きたのだ。
私が到着したところはアトレイアの北側で、アイオンの光の代わりに破壊された隙間からかすかに入ってくる星の光以外はすべての闇の世界に変わっていた。 寒さと闇は人間とディーヴァをひどく苦しめ、豊かだった土地は不毛なものに変わった。何より、アトレイアにいっぱいあったオードが著しく減っていた。
多くの人間とディーヴァたちが絶望に陥ったが、幸いにもアスフェル神をはじめとした五柱神が私たちと一緒だった。 以前と違うあまりにもの不毛な環境に適応するために、私たちの姿は少しずつ変わり始めた。 初めは、皮膚の各箇所が順番に青白く変わった。歳月が経つと、手や足の爪が鉤のように変わった。 もうこれ以上変わらないと考えていたが、ついには背中にたてがみが生え始めた。以前の私とはまったくの別人になってしまったということに、心のどこかでひそかに苦痛を感じていた。
だが、そういった諸々の逆境に耐えながら私たちはアトレイアを復旧し、回復と繁栄の象徴として新しい首都のパンデモニウムを建立した時は感激の涙を流さずにはいれなかった。
大崩壊から長い歳月が流れた。 アトレイアは平和で、龍族との戦争や大崩壊は人々の記憶から徐々に忘れ去られていった。ときどき問題を起こすライカンを除けば、私たち魔族を脅かすものは何もなかった。
そんなある日、奇妙なことが起こった。アイオンが破壊されて地面にのめり込んでいた塔の彫刻が光を出したり空中に浮かび上がり始めた。そして、その近くに近付いた人々が消息不明となる事態が起こったのだ。パンデモニウムでは塔の破片に接近することを厳格に禁止し、アルコンたちを派遣して調査を始めた。調査して明らかになったことは、アトレイアとは完全に違った新しい空間に行くことになるということだった。
新しく発見した異空間を探査するために多くのディーヴァたちが出向いた。あちこちに浮いている浮遊島を一つずつ探険し、アビスと呼ばれる異空間について一つずつ明らかにしていった。だが、アビスはとても危険なところだった。すべての破片が同じ場所につながっているわけではなく、入った入口が突然閉じられて永遠に帰って来ることができないディーヴァたちが出はじめた。
だが、アビスの本当に驚くべき点はそれではなかった。沈黙の審判官としてアルコンたちの相次ぐ失踪を調査するためにモルヘイムに行った私は、はっきりとこの目で彼らを見た。大崩壊以前の私たちと同じ姿をしたアトレイアの南側から来た者たちを。彼らはアビスを介して私たちの世界へ来た者たちだった。
私が発見した時、彼らはジケル神と話し合っていた。デルトラスという彼らの親分は、もうこれ以上の衝突は望まないから自分たちの世界へ静かに帰ると話していた。ジケル神も彼らに危害を加えるつもりはないように見えた。だが、ジケル神の傲慢な性格が問題であった。彼らが祭っているネザカン神を呪うなら帰してやると冷やかすような言葉を口にした途端、デルトラスは頭を上げてジケル神に呪いを降り注いだ。それから、すさまじい戦闘が起こった。 そして、その戦闘がまさに天魔戦争の始まりだった。
デルトラスがモルヘイムで死を迎えた後、天族との戦争が始まった。初めは単純な復讐と報復の繰り返しだったため、私はこの戦争が長くなるとは少しも思っていなかった。離れたまま長い歳月を過ごしたが、魔族と天族は本来一つではないか。
だが、状況は全く予想しない方向に流れた。アビスが存在する限り、アトレイアの存続が脅かされるということがわかったのだ。唯一の解決方法は、天界に残ったアイオン塔を破壊することだけだった。龍族との千年戦争に匹敵するほどの新しい戦争がまた始まったのだ。
そして、続けて龍族が現れた。以前の敵だったドラカンだけでなくナーガとドラコニュートまで。相変らず彼らの目標はアトレイアとアイオンだった。
二千年を越える長い歳月を振り返ってみると、最初の千年は龍族を相手に戦場で過ごした。その後の歳月は、崩壊したアトレイアを復旧してパンデモニウムを繁栄させることにこの身を捧げた。 それらはすべてディーヴァとして人間を守るためであった。このように、長い歳月奉仕したが、私の任務はまだ終わらないようだ。 神の祝福に報いるため、手に持ったペンを下ろして今一度法書を手に取らなければならない時が来たからだ。
アトレイアの北と南は、もう相手を退治しなければ自分の身が危ない状況に置かれた。その昔、十二柱神が龍族に対抗するためにディーヴァを教育したように、天族と魔族はお互いを倒すためにテンペルでディーヴァを育成している。
天族と魔族は大崩壊の原因をお互いに擦り付け合い、自分がアトレイアの真の主だと叫んでいる。しかし、天族と魔族、龍族が絡まりあう戦場で、どちらの側も勝機を見出せない拮抗状態のまま混戦し続けている。
生存と怨恨が絡まりあう戦場で、果たしてあなたはどちら側に立つのだろうか。