そのニドラフのそばに、いつの間に近づいてきていたのだろう、一匹のスライムが寄り添うように現れていた。 高い実力を持つ魔術師である彼にとって、スライムなど注目にも値しない生き物だ。もちろん、ニドラフは気にする風を見せない。 だが、そのスライムは少し様子がおかしかった。寄り添ったニドラフのそばから動かず、液体質の体を震わせている。 わずかに、ニドラフはそのスライムに興味を覚えた。視線を自らの足元に落とす。 ふと、彼の中で思い立つものがあった。 一度視線を外し、今度は打って変わって、真剣なまなざしをスライムに向ける。 そして魔法の言霊をつむぐように、密やかに、ささやくように、その口から言葉がもれ始めた。 「・・・レット・・・」 「・・・ティン・・・」 言葉の節々に十分な間を置き、じっとスライムを見つめる。そのスライムに変化はない。 「・・・エルヴ・・・」 「・・・ルコン・・・」 「・・・トニン・・・」 スライムに変化はない。だが、その場から去ろうとする気配も見せない。 「・・・・・」 ニドラフのささやきが止まった。軽く息を吐き、深く息を吸う。一種、何かの覚悟さえ感じさせる表情になり、一言、つぶやいた。 「・・・サイハ!」 「!」 瞬間、スライムに変化が現れた。液体質の全身をうねうねと震わせ、その体の一部が空に向けて伸びあがったのだ。 それはあたかも、名前を呼ばれて挙手したかの様に見えた。そして、ニドラフはその光景に見覚えがあった。 (ブレット、シューティングスター、エルヴンアロー、ファルコン、ライトニング。どうだ、かっこいい名前だろう!?) (さあ、先生。始まるぜ。俺の夢の第一歩、『スライムレース』がよ!) (お、新顔のスライムが来たぜ。よし、お前もレースに参加させてやる。名前は、そうだな、うーん『サイハ』でどうだ?) ニドラフの全身を戦慄が支配した。 「そうか・・・!やはり、そうなのか・・・!お前は、お前は・・・・!」 ニドラフの目が大きく見開かれ、一筋、二筋と涙が流れた。もれそうになった嗚咽をこらえる。 それは、付き合いの長いデポロジューでさえ見た事がないであろう、彼の泣き姿だった。 やがて、ニドラフの流れる涙は止まり、肩の震えが収まった。その表情は、涙の痕跡を除けば、晴れやかだった。 「ではさらばだ。ゴラよ。また会う日がある事をアインハザードに祈ろう。」 慰霊碑にそう声をかけ、今度は足元のスライムに視線を向けた。優しい、慈しむようなまなざしだった。 「行こう、サイハ。お前が、私と共に歩きたい限りで。」 ニドラフの言葉に応えるように、スライムが一度だけその体を震わせた。 ニドラフが歩き出す。その歩みにスライムはついて行く。 一人と一体。奇妙な"二人連れ"は慰霊碑を離れ、街道へとその姿を消していった。 「勇気を奮い起こせ!~決戦再び~ 」おわり。
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